私が勤めていたプリンス・エドワード島のツアー会社は、CPプリンス・エドワードというホテルの一階にあった。同じフロアには、ホテルのシェフが焼いたパンやお菓子を販売しているカフェテリアがあった。仕事中、上司のボブと一緒に、よくそこでコーヒーを買ってきて飲んだものだ。私は一時期、そのカフェテリアで売っている「バナナ・マフィン」に凝ってしまって、ほとんど毎朝のように食べていたことがある。
私は、カナダに来てからというもの、ケーキや菓子パンなど甘いものを食べなくなっていた。何もかも大きくて日本の数倍も甘いからだ。マフィンも、日本のものなら好きなのだが、カナダのマフィンは倦厭していた。
しかし、そこのバナナ・マフィンは本当に美味しいのだ。バナナの繊維がしっかりとたっぷりと生地と混ぜ合わさり、ところどころに、バナナの果肉もころころと入っている。もちろん甘さは控え目。小型で、表面はしっかりと焼いてあって、マフィンのてっぺんはふっくらとおいしそうに割れ目ができて、そこがまた香ばしかった。
そのバナナ・マフィンと出会ってから、私の毎朝、カフェテリアでそのマフィンとコーヒーを買ってオフィスで食べるようになった。
ボブが「毎日飽きないの?」と呆れていたほど、本当に毎朝食べていた。呆れられるたびに、私は「こんなに美味しいマフィンは世の中にはない!これは世界一おいしいバナナ・マフィンだ」と主張し続けていた。
こんなこともあった。ある朝、オフィスに観光局のロブが、小さな茶色い紙袋とコーヒーを抱えて現れた。その日は、観光局とのミーティングを予定していたのだ。
ロブは日本マーケットの担当者で、私たちの会社とは頻繁にやりとりをしていた。皮肉屋さんでジョーク好きの楽しい人で、何度も日本に一緒に出張に行くうちに仲良くなり、家族ぐるみで親しくさせてもらっていた。
彼は、私の机の前に座ると、おもむろに袋の中身を取り出した。よく見ると、私の大好きなバナナ・マフィンではないか。
「YUKAがそんなにおいしいって言うから、どんなにおいしいか食べてみようと思ってね」と、大真面目な顔をしてマフィンをパクつきだした。彼は、マフィンを食べ終わると「たいしたことないな・・・」とひとこと。そしてゴクリとコーヒーを飲んだ。まったくかわいくない態度だ。「そんなことないよ!世界一美味しいんだから。味がわからないのね!」と熱くなって反論する私を、彼はにやにやして見ていた。
その頃、周りの友人達は、私のバナナ・マフィン狂いをこんな風に面白おかしく見つめていたのだろう。
でも、その美味しいバナナ・マフィンは、突然ホテルのカフェテリアから姿を消してしまった。ある朝、私は、いつものように、お金を握り締めてマフィンを買いに行った。そして、ガラスケースの中に、それまでとは明らかに違う大きなバナナ・マフィンを見つけた。しばらく呆然としてしまったが、気を取り直してその新しいバナナ・マフィンを食べてみた。そしてがっかりした。カナダ特有の甘いしつこいマフィンだったのだ。それ以降、私のお気に入りのバナナ・マフィンがお店に現れることはなかった。
私は諦めきれず、同じようなバナナ・マフィンを求めていろいろなベーカリーを探し回った。でも、終に見つけることはできなかった。売っていないのなら自分で焼いてみようと、お菓子作りの得意な友人に作り方を教わって、何度もバナナ・マフィンに挑戦した。でも、同じように美味しいマフィンを作ることはできなかった。こんな突然になくなってしまうのなら、レセピをお店に聞いておくのだったと、非常に後悔したものだ。
ところが、あれから10年以上たったトロントで、同じようなマフィンを見つけたのだ。それもなんと、スターバックスで。それは「バナナ・ソイ・マフィン(Banana Soy Muffin)」として売られていた。要するに、ミルクではなくて豆乳を使用したマフィンだ。ちょっと大きいが、ふんわりと軽く、あまり甘くない。残念ながら、バナナの量はプリンス・エドワード島のものに比べると少ない。まあ、まずまず合格である。
そしてまた私は、スターバックスに行くたびに、バナナ・マフィンを食べるようになった。
でも最近、スタバのマフィンもちょっと味が変わってきたような気がする。最初に食べた頃より甘さが増し、生地もねっとりとしてきたのだ。せっかく、美味しいバナナ・マフィンに再会できたのに、またそれを失ってしまいそうな状況である。今度こそ、自分好みのバナナ・マフィンを焼けるようにならなければいけないのではないかと、今密かに決心をしているところだ。
=「赤毛のアン」出版100周年の2008年まであと17週=
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