出かけ際、世帯主が僕ヒロノシンを抱き上げ、いつにもましてベタベタとなで回す。「いい子にして待っててね。しーちゃんのこと、よろしくね」。ははん、これから泊まりがけの出張だな。前の晩に大きな黒い鞄を出してきた時に、そうかなとは思ったけどね。
今回の出張はちょっと嬉しそうだった。週末にかかるから、帰りに実家に寄って、シャム猫タラさん=写真左=に会うことになっていたからね。
世帯主が高校3年の時に実家にやってきたタラさんは、今年の夏で17歳になる。人間でいうと80代半ばだ。
今は静かに横たわっていることが多いけれど、おきゃんな性格で、若い頃はキュッと細い足が魅力的だった=写真右。ジャンプが得意で、押し入れの天袋とか、2メートル以上ある高い所にも軽々と跳んだ。近所で番を張ってたこともあるそうだよ。
その後貫禄が出てきて、全盛期には体重8キロと、メスのシャム猫とは思えないほど体格がよかった。
世帯主とは仲がよかった。鬼ごっこやかくれんぼをしてよく遊んだらしい。大学進学で実家を出てからも、親友として接してくれた。数年前、世帯主は体を壊してしばらく実家に身を寄せていた。その時も、毎晩、世帯主が寝つくまで寄り添ってくれていたんだって。
今年になって、世帯主は古いアルバムを開くことが多くなった。たいていタラさんの若い時の写真を見ている。お正月に帰省した時も、デジカメでタラさんの写真を何枚も撮って帰ってきた。この前は熱心にその写真を整理していたよ。
なぜなら、お別れの時がそう遠くはないかも知れないと思っているからなんだ。心の準備をしておかなければと自分に言い聞かせているんだね。
ここ1、2年、タラさんはめっきり体が弱くなった。血尿を出したり、泡を吹いてけいれんを起こしたり、そんなことを繰り返している。去年の大晦日の夜も、心臓発作を起こして危なかったんだ。
お見舞いに行った世帯主の顔を見ても、弱ったタラさんは、ただしんどそうにするばかりだったそうだ。
「どこが悪いというわけではありませんが、年が年ですから、いつ何があってもおかしくない。覚悟しておいた方がいいですね」。主治医の先生にも言われている。
仕事もあるし、そうしばしば会いにも行けない。だから元気な姿を見るのはこれが最期かも知れないと、実家に向かう道中、世帯主はそう考えるようだ。
タラさんの写真を張ったアルバムを閉じると、必ず世帯主は僕の目を見て言う。「どんなことがあっても、最期まで私があんたたちの面倒を見てあげる。だからうんと長生きするのよ」
その時、世帯主の頭の中には、タラさんの顔が浮かんでいる。僕はどうしていいか分からなくて、ただただ世帯主の目を見つめ返すしかできないでいるんだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
タラさんは2005年6月、老衰のため19歳で永遠の眠りにつきました。世帯主の実家にもう一匹いた雑種猫ジュリさんも、去年2006年秋にやはり老衰でこの世を去りました。タラさんとジュリさんの最期については、改めてお知らせします。
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<今日の筆者>いとう・ひろのしん(下の黒猫)
雑種。1998年夏、大阪箕面市生まれ。かに座(推定)。きれい好きで、お人(猫)好し。忍耐強さと面倒見の良さには定評あり。得意技は洗濯機もぐり。しずか&のどかという血縁関係のないスコティッシュ・フォールド種の姉妹猫と同棲。飼い主は麻布小寅堂店主。
いとう・しずか
スコティッシュ・フォールド種。1999年大阪豊中市生まれ。しし座。得意技はラッコ寝と、後ろ足投げだしほふく前進。近所の動物病院では「スコティーのシズカちゃん」として人気。2歳年下の妹ノドカと、ヒロノシンという黒い雑種の雄ネコと同棲。飼い主は麻布小寅堂店主。
★このコラムは某ウェブサイトで2000年1月〜01年9月まで続いた連載コラム「21C(世紀)の猫」のアーカイブです。現在の家族模様を織り込みながら、キャッ!といってしまいそうな楽しい話題をお届けします。
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