「しーちゃん、た、だ、い、ま……」。私シズカに声をかけた世帯主の様子は明らかに変だった。放心した感じでしきりに右手をさすっていたし、歩き方もぎこちない。
普段は私に遠慮してあっさり系お出迎えのヒロノシンも、おかしいとすぐに気づいたみたい。玄関から世帯主にピッタリくっついて離れなかった。落ち込んでる家族を心配するのは猫だって同じなの。
春だというのに雪とみぞれが交互に降った週末、世帯主は公衆の面前で転げ落ちたのだった。濡れたズック靴でエスカレーターに乗ったら、足が滑ったんだって。運動神経は悪くないはずが、考え事をしてたせいか、崩れたバランスを戻せなかったらしいの。
「私も猫みたいな尻尾が欲しい」。すっかり弱気になってる。でもねー、尻尾があっても転ぶときは転ぶし、滑るときは滑るのよね。
ザブン、ジャバジャバ! 豪快な水の音が聞こえてきた。見ると、びしょ濡れになったヒロノシンが風呂場から飛び出してきた。
毎晩、世帯主がお風呂から上がった後に風呂場見学をするのがヒロノシンの日課だった。目的はその日の入浴剤をチェックすること。風呂桶をのぞいたり、縁の上を歩いたりしながら、お湯の色や香りをチェックするの。だって毎日違うんだもの、不思議でしょ?
ところがその日、お湯の中に落ちてしまった。風呂場わきの洗面所で歯を磨いてた世帯主には、ズルッて音が聞こえたらしいから、きっと滑ったんだと思う。
ヒロノシンはよっぽどショックだったみたいで、心配してそばに行った私を、ヒノキの香りがぷんぷんする足で蹴ろうとした。体を拭こうとした世帯主には、猫パンチをお見舞いしようとしたの。
それからしばらくの間、奇異な行動が目立つようになった。部屋の隅でずっと後ろを向いていたり、お気に入りの場所で昼寝してる私をどかそうと意地悪したり……。いつも穏やかで優しいヒロノシンの豹変ぶりに、私と世帯主は驚いた。
洗濯かごの中で正座したまま動かなくなっちゃった時=写真上=は、さすがの私も心配で、ずっとそばについていた。2週間ほどして風呂場見学を再開したけど、私や世帯主がのぞくと、置物のようになって動かなくなるという状態はその後も続いたの=写真。
その点、世帯主の扱いは簡単。沈んでるなと思ったら、目の前に行って、ごろんと大の字に寝転がる「降参ポーズ」を見せればOK。何度かやれば、プッと吹き出してすぐに元気になっちゃうもんね。一緒に暮らすなら単純な世帯主。ほんと、楽ですよー。
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<今日の筆者>いとう・しずか
スコティッシュ・フォールド種。1999年大阪豊中市生まれ。しし座。得意技はラッコ寝と、後ろ足投げだしほふく前進。近所の動物病院では「スコティーのシズカちゃん」として人気。2歳年下の妹ノドカと、ヒロノシンという黒い雑種の雄ネコと同棲。飼い主は麻布小寅堂店主。
いとう・ひろのしん
雑種。1998年夏、大阪箕面市生まれ。かに座(推定)。きれい好きで、お人(猫)好し。忍耐強さと面倒見の良さには定評あり。得意技は洗濯機もぐり。しずか&のどかという血縁関係のないスコティッシュ・フォールド種の姉妹猫と同棲。飼い主は麻布小寅堂店主。
★このコラムは某ウェブサイトで2000年1月〜01年9月まで続いた連載コラム「21C(世紀)の猫」のアーカイブです。現在の家族模様を織り込みながら、キャッ!といってしまいそうな楽しい話題をお届けします。
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