静かな静かな、夜だった。世帯主はボーっとして、時々ため息をついていた。隣でヒロノシンがそわそわと何度も正座し直す。私シズカはそばに寝転び、宙を見つめてた。
みんなが落ち着かなかったのは、ノドカがいなかったから。朝一番でバスケットで出かけたきり、帰ってこなかったの。
「今ごろどうしてるんだろう、ひとりぼっちで可哀想に」。世帯主の目は潤んでた。「しーちゃんも大変だったもんね」。それでピンときた。ノドカは避妊手術で入院したんだって。
ノドカよりひと月遅く生後8カ月で手術した私は、数日間は死んだように寝たままだった。小柄だったからか、体力がなかったからなのかは分からない。傷の上に張られた大きな絆創膏も、たいていの猫さんは自分で舐めてはがしちゃうのに、私にはできなかった。
そんな私の姿に世帯主は胸を痛めてたんだそう。病気でもないのに手術なんてつらい目に遭わせて、うちに来て本当によかったんだろうか……って。ノドカがいなかった夜も、世帯主はそう考えていたみたい。
大勢で暮らすのは発見と感動の連続で楽しいけれど、責任と悲しみもついてくる。都心での生活にはクリアしなければならない壁や、守らなければならないルールもある。難しいことは私には分からないけど、なかなか大変なことなのよね。
ノドカは次の日のお昼に帰ってきた。「無理しちゃだめよ」って世帯主に声をかけられても、振り向いて口を開けるだけ。お腹に響くから声を出さないのかと思ったら、声までハスキーボイスになってたの。
生まれて初めて家族から離されて、よっぽど心細かったみたい。迎えに来た世帯主に気づいた途端に鳴き出したんだって。声はどんどん大きくなった。術後の説明を聞いて帰るころには、アンギラスみたいな叫び声になってたそうなの。
診察室で、世帯主に頭や体をこすりつけてはギャアギャア言うから、「もう痛まないんでしょうか」と聞いたら、お医者さんは「いーや、まだ痛いはず。よっぽど帰りたいんだねぇ」
でも、私のときよりずっと元気。帰るなりバスケットから飛び出し、少しずつだけど食事もパクパク食べる。世帯主についてトコトコ歩くのも相変わらず。絶食のためにへこんだわき腹と、絆創膏がなければ、普段とそう変わらない。
意外なタフさには驚かされたけど、甘えん坊なところはやっぱり同じ。傷が痛んで我慢しながらでも、世帯主のそばが安心みたいで、世帯主の姿が見えないと探して歩いてる。
それで、ヒロノシンはソファのお気に入りの場所を譲ってやった。世帯主は仕事部屋の机から、ソファ前のテーブルにパソコンを移して、居間で原稿を書いてる。お姉さんの私はときどき体や顔をなめてやるの。
仲良し家族の私たち。いつもは世帯主を囲んでるんだけど、しばらくノドカが中心になりそう。でも、大変な思いをしたんだもの、いいと思いません?
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<今日の筆者>いとう・しずか
スコティッシュ・フォールド種。1999年大阪豊中市生まれ。しし座。得意技はラッコ寝と、後ろ足投げだしほふく前進。近所の動物病院では「スコティーのシズカちゃん」として人気。2歳年下の妹ノドカと、ヒロノシンという黒い雑種の雄ネコと同棲。飼い主は麻布小寅堂店主。
いとう・ひろのしん
雑種。1998年夏、大阪箕面市生まれ。かに座(推定)。きれい好きで、お人(猫)好し。忍耐強さと面倒見の良さには定評あり。得意技は洗濯機もぐり。しずか&のどかという血縁関係のないスコティッシュ・フォールド種の姉妹猫と同棲。飼い主は麻布小寅堂店主。
★このコラムは某ウェブサイトで2000年1月〜01年9月まで続いた連載コラム「21C(世紀)の猫」のアーカイブです。現在の家族模様を織り込みながら、キャッ!といってしまいそうな楽しい話題をお届けします。
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