「春なのーに〜、おわか〜れですか〜、春なのーに〜涙ぁがこぼれます〜」。歌う世帯主の目に映っているのは、窓から外を見つめるヒロノシン。世帯主の歌声に恨めしそうな顔で振り返り、続いて私シズカの顔を見ると、フンッと鼻でため息をつく。
実は最近、ヒロノシンに元気がなくて、世帯主と私はちょっと心配してるの。
私たちの楽しみの一つに窓から外を見ることがある。道路に面した窓からは、街を行き交う人や車が見下ろせる。もっと好きなのがマンションの内廊下に面したパソコン部屋の窓。通る人たちとあいさつができるし、向こうに余裕さえあればお話もできてしまう。
同じ階に住むご近所の人や犬さんはもちろん、マンションの掃除をしてくれるおじさんも顔見知り。特にヒロノシンは宅配便や郵便配達のおじさん、クリーニングの集配をしてくれるお兄さんたちと仲がいい。なかでも１番好きなのがＹ新聞の集金のお兄さんだった。
週末の昼過ぎ、スタ、スタ、スタ、スタ、軽快な足音が聞こえてくると、ヒロノシンはすかさず窓際まで走っていく。私たちはみんなの足音を覚えてて、窓から聞こえる音で誰が来るのかか出かけて行くのか分かるのよね。
尻尾をふわんふわん、と揺らしながら正座して待ってると、「よっ」とさわやかな声。ヒロノシンは嬉しそうに「ァ〜ン」と答える。その直後にピンポーンと呼び鈴がなるというのがいつものパターン。だから、ヒロノシンの様子で、インターホンで確認しなくても世帯主は財布を手に玄関に行くことができた。
ところが……。異変が起きたのは３月だった。呼び鈴の音に世帯主がインターホンに出ると、「Ｙ新聞です」。でも、ヒロノシンはソファに寝ころんでテレビを見てる。不審に思いながら世帯主が玄関に出ると、見知らぬ人が立ってたの。４月の集金も違う人だった。
お兄さんは若くて学生風だったから、きっと就職してアルバイトをやめてしまったのよね。来るはずのお友だちがずっと来ないので、４月に入ってヒロノシンの態度が少しずつおかしくなってきちゃったの。
窓の前を行く人に手当たり次第に「ァ〜ン」と声をかける。「ァン、ァン、ァン」と誰かを呼ぶように窓の外に向かって鳴いたりする。仕事に出かけていく世帯主を呼び止めようとする。
掃除のおじさんが「どうしたんだい？」と声をかけてくれても、「ァア〜ン」（あんたじゃないよ）と、挑戦的な返事をする。おじさんにもし猫語が分かっちゃったらどうしようと、見てる私はヒヤヒヤ。
もう一つ、お兄さんが来なくなって困ることがでてきたの。それはおまけの洗剤がもらえなくなちゃったこと。「お兄さん帰ってきて〜」。今じゃ世帯主まで窓辺でヒロノシンと一緒にお兄さんを懐かしんでるのだった（写真は上が2002年春の私たち。下は最近2007年春のひろのしん）。
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以上は2002年４月にウェブリリースされたコラムです。
ひろのしんの大好きだった配達・集金のお兄さんがいなくなってしまい、結局、しばらくして我が家ではＹ新聞を取らなくなってしまったの。新しい人はお願いしてある時間には全く来ないで、夜９時過ぎや朝７時に突然集金に来てしまうことが続き、何度も事情を説明してお願いしても、頼んだ時間には来てくれなかったから。
担当の販売店に相談しても、「注意しておきます」という返事だけで状況は変わらなかった。もしかしたら、新しいお兄さんは悪気はなくて要領の悪いだけだったのかもしれない。ずっと我慢していた世帯主も、半年過ぎた時にとうとう堪忍袋の緒が切れてしまったのだった。
今はインターネットが普及したおかげで普段のニュースは紙じゃなくても読めてしまうし、じっくり読みたいと思った時には近くのコンビニに行けばいい。というわけで、ひろのしんが大好きだったお兄さんがいなくなって、我が家にとってＹ新聞は年に何回か必要な時にコンビにで買うものになってしまったのでした。
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＜今日の筆者＞いとう・しずか
スコティッシュ・フォールド種。1999年大阪豊中市生まれ。しし座。得意技はラッコ寝と、後ろ足投げだしほふく前進。近所の動物病院では「スコティーのシズカちゃん」として人気。２歳年下の妹ノドカと、ヒロノシンという黒い雑種の雄ネコと同棲。飼い主は麻布小寅堂店主。
いとう・ひろのしん
雑種。1998年夏、大阪箕面市生まれ。かに座（推定）。きれい好きで、お人（猫）好し。忍耐強さと面倒見の良さには定評あり。得意技は洗濯機もぐり。しずか＆のどかという血縁関係のないスコティッシュ・フォールド種の姉妹猫と同棲。飼い主は麻布小寅堂店主。
★このコラムは某ウェブサイトで２０００年１月〜０１年９月まで続いた連載コラム「２１C（世紀）の猫」のアーカイブです。現在の家族模様を織り込みながら、キャッ！といってしまいそうな楽しい話題をお届けします。
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