「またやっちゃった〜」。玄関から聞こえる世帯主の声に僕ヒロノシンはドキリとする。背中を弓なりに高くして横向きに身構える。そして踵を返して一目散に駆け出す。シズカとノドカも一緒。「ごめん、許して〜」。そう言われてもねぇー。
世帯主は時どき忘れ物をする。携帯電話だったり、ハンカチだったり、時計だったり。マンションを出る直前には気づいて引き返してくる。それはいい。問題はここからだよ。
冬場はブーツを愛用する世帯主、いちいち脱ぎ着するのが面倒くさいからと片方の足だけ脱ぎ、その足で「けんけん」して部屋の中に入って来るんだ。靴をはいた方の足を後ろに高く上げ、ピョンピョン跳ねてくる。それが僕は大大、大っ嫌いなんだ。
この前も時計を忘れて戻ってきた。玄関わきのパソコン部屋へ2度ほどけんけんやって、机の上に置き忘れた時計を身につけた。これで一件落着……。と思ったのが間違いだった。居間の方から様子を見ていた僕と目が合うと、ピョンピョンこっちに跳んできたんだ。
僕はパニックに陥った。あさっての方向へダッシュした。方向を変えるときに壁に顔をぶつけ、勢い余って前にいたノドカにタックルした。Uターンして世帯主に飛びつき、ダイニングテーブルに着地。上がっちゃいけないところだから怒られる、と思ってさらに動転。辺りのものを蹴散らし飛び降りた。
「私がみんなを襲うわけないでしょう?」。そういいながらも、この日は面白半分でやったもんだから、悪いことをしたと世帯主は反省してるようだった。
けんけん跳びのほかにも、困った冬の風物詩があった。3年前の冬、世帯主は変なものを買ってきた。「ヒロノシン、どう?」。僕の尻尾は巨大猫じゃらし状態になった。頭に角を生やした世帯主がいた。
実は角じゃなくて、真っ黒で毛足の長いほわほわした素材の帽子だった。かぶると頭の上左右に角が生えたみたいになる。巨大昆虫の頭みたい。世帯主は形の変わった帽子が好きで、大阪の若者に人気と聞きつけ出張帰りに買ってきた。形が似てるからと、本人は「海牛帽」と呼んでたよ。
その帽子も僕は本当に本当に苦手だった。見るたび戦闘態勢に突入。頭を低く、背中を弓なりに高くして横向きに身構え、そのまま斜め跳びして威嚇した。シズカは後ろで世帯主の頭を凝視したまま固まってた。
すぐに慣れると世帯主は高をくくってたんだけど、だめだった。結局、タンスの肥やしになってるよ。
僕をパニックにさせた日の夜。世帯主はシッターさんに朝起こったことを告白した。すると、「そうそう、片足跳びをあんなに嫌がるのはなぜだろう」。
シッターさんも同じことをやっていたのが判明。シッターさんの場合、ブーツじゃなくて、革の紐靴だから季節に関係ないのでよけい始末が悪い。僕たちの平穏な生活を守る義務を感じた世帯主、そのまま伊藤家首脳会談を主催。お互いやめようとかたく誓い合った。本当にやめてくれるといいんだけどね、やれやれ。
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以上のコラムは2002年3月のもの。世帯主も不惑といういい歳になり、一児の母になったこともあってか、へんてこな帽子を買ってくることはなくなった。でも、冬場にブーツを愛用しているのは相変わらず。で、伊藤家首脳会議で決定したにもかかわらず、ごくごくたまにだけれど、「けんけん」して戻ってくることがあるんだよね。ったく……。
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<今日の筆者>いとう・ひろのしん(下の黒猫)
雑種。1998年夏、大阪箕面市生まれ。かに座(推定)。きれい好きで、お人(猫)好し。忍耐強さと面倒見の良さには定評あり。得意技は洗濯機もぐり。しずか&のどかという血縁関係のないスコティッシュ・フォールド種の姉妹猫と同棲。飼い主は麻布小寅堂店主。
いとう・しずか
スコティッシュ・フォールド種。1999年大阪豊中市生まれ。しし座。得意技はラッコ寝と、後ろ足投げだしほふく前進。近所の動物病院では「スコティーのシズカちゃん」として人気。2歳年下の妹ノドカと、ヒロノシンという黒い雑種の雄ネコと同棲。飼い主は麻布小寅堂店主。
★このコラムは某ウェブサイトで2000年1月〜01年9月まで続いた連載コラム「21C(世紀)の猫」のアーカイブです。現在の家族模様を織り込みながら、キャッ!といってしまいそうな楽しい話題をお届けします。
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