「うーん」。思い出したように突然、世帯主がうなり声を上げる。僕ヒロノシンは知っている。最近、世帯主は大きな悩みを2つ抱えてるんだよね。
まずは、行くべきか行かざるべきか。何のことかといえば、僕らのワクチン注射のことだ。もちろん行くべきだってことは世帯主だって分かってる。なのに躊躇してるのには訳がある。
「わっ、わっ、わ!」。夜、玄関前の廊下にシッターさんの叫び声が響き渡った。辺り一面には強烈な匂いが漂ってた。シッターさんの目には、観念した様子で床に横たわるノドカが映ってたけれど、心なしか黄色っぽく見えてたらしい。
またしてもノドカが野性児ぶりを発揮してくれたんだ。
ゴールデンウイーク直後に、世帯主が韓国出張に出かけていた時のことだった。シッターさんは恒例行事の、僕たちのむだ毛取りのブラッシングをしてた。
シズカが済んで、ノドカの番になった。じゃじゃ馬でじっとしていられない性格だから、いつもは世帯主がノドカを押さえ、シッターさんがブラシ掛け、と協力して取り組む。けど、その日は仕方なくシッターさん1人で取りかかった。
もちろん、ノドカがおとなしくしているわけがない。それを横向に押さえてサッ、サッ、サッ、サッ。逆に向かせてサッ、サッ、サッ、サッ……。
ノドカは耳を怪獣ギャオスのように後ろに向け、足を突っ張り、体をくねらせ、あの手この手で抵抗した。だけど、力持ちのシッターさんには敵わない。突然、力を抜いておとなしくなった。と思ったら、プゥ〜ン……。
驚いたシッターさんはノドカのお尻を見た。すると、肛門の両脇から、黄色い液体がタラリと出てた。それが匂いの原因で、スカンクが敵から身を守るときに出す分泌液と同じもの。スカンクほどじゃないけど、僕たち猫も同じ方法で身を守ることもあるんだよね。
僕とシズカは決してやらないけど、ノドカは一度、去年の秋に披露ずみ。大嫌いな病院の診察室で、お尻に体温計を入れようとしたお医者さんに向かってお見舞いしたんだ。話には聞いてはいたものの、実際の匂いのすごさに、シッターさんは本気でたまげてた。
「無茶な押さえつけ方をしたんじゃないの?」。帰国して話を聞いた世帯主はいぶかりながら、病院でのことを思い出した。ワクチン注射をする時に、ノドカがまたスカンク娘に変身したら、と心配してるんだ。
もう1つの心配は何かって? それはシッターさんのことなんだよね。ノドカのスカンク式抗議はあまりに凄すぎて、シッターさんのトラウマになってしまった。ノドカを見ると、あの時の匂いが思い出されてしまうらしいんだよね。
また分泌液を出しているんじゃないかと心配になり、ノドカのお尻を両手で持ちあげてのぞき込み、続いて顔を近づけクンクンクンクン……。その姿はまるで怪しい変質者。外でよその猫にだけはやらないで……。世帯主はそう密かに祈ってるんだ。やれやれ。
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以上は2002年5月23日リリースの我が家のお話でした。
毎年ドキドキ、ハラハラの予防接種だけどなんとか毎年行ってます。今年も4月の半ばに家族総出で(実は助っ人さんもきてくれたんだけど)行ってきたんだよね。今年は問題なく終わってみんなホッと一息。
実は去年、のどかがスカンク娘じゃなく、また違うことをしでかしてくれたから、家族みんなで本当に今年のワクチン接種を心配してたんだよね。助っ人さんをお願いして付いてきてもらったのもそれでなんだ。え、どんなことがあったのかって?それはまたのお楽しみというおとで……。
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<今日の筆者>いとう・ひろのしん(下の黒猫)
雑種。1998年夏、大阪箕面市生まれ。かに座(推定)。きれい好きで、お人(猫)好し。忍耐強さと面倒見の良さには定評あり。得意技は洗濯機もぐり。しずか&のどかという血縁関係のないスコティッシュ・フォールド種の姉妹猫と同棲。飼い主は麻布小寅堂店主。
いとう・しずか
スコティッシュ・フォールド種。1999年大阪豊中市生まれ。しし座。得意技はラッコ寝と、後ろ足投げだしほふく前進。近所の動物病院では「スコティーのシズカちゃん」として人気。2歳年下の妹ノドカと、ヒロノシンという黒い雑種の雄ネコと同棲。飼い主は麻布小寅堂店主。
★このコラムは某ウェブサイトで2000年1月〜01年9月まで続いた連載コラム「21C(世紀)の猫」のアーカイブです。現在の家族模様を織り込みながら、キャッ!といってしまいそうな楽しい話題をお届けします。
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