私シズカは目を見開いた。行動を起こした世帯主も、それを見ていたシッターさんも、ソファで寝ていたヒロノシン以外はびっくりクリクリ。でも、一番たまげていたのは、絶対にノドカ本人だったのよね。
それはある晩のことだった。世帯主がそっとノドカに近づいた。手には銀色の小箱。お気に入りのベッドで幸せそうに熟睡していたノドカの鼻先に箱を持っていくと、世帯主は静かにふたを開いた。すると……。
ノドカはビクッと体を震わせてガバッと起きあがり、そのまま後ろにゴロンバタンとでんぐり返ってしまったの。慌てて座り直したけど、しばらく情けない顔で目をしばたかせていた。
本当に元気過ぎて時には困ったちゃんなノドカにも、実は弱点があるのよね。それは「鼻」。正確に言えば「におい」だった。私たち猫はもともと、ミカンを代表とする柑橘類や、つんとくる匂いに弱い。さらにノドカは嗅覚が敏感で、ヒロノシンや私が大丈夫なものでも受けつけないの。
まずは入浴剤。風呂上がりに世帯主がノドカをなでようとしただけで一目散に逃げていく。歯磨き粉にいたっては、歯ブラシをくわえた世帯主を見ただけで顔がゆがんでしまう。無香料の化粧品でさえだめ。
その晩、ノドカをノックアウトした銀の小箱には、ハッカのキャンディーが入ってたの。シッターさんの同僚がアメリカ出張のお土産にとくれたものだった。それを見たとき、世帯主はちょっと意地悪がしてみたくなったのよね。
リビングのゴミ箱漁りに柱での爪研ぎと、ノドカのいたずらに参っていたのでなおさらだった。ところが、過剰なほどの反応に海より深く反省。「ごめんねノンちゃん」「キュ〜」「本当に嫌なんだね」「キュル」「もうしないから」「ェッ」。
ひどい目にあったのに、ノドカはあっさり世帯主を許しちゃった。単純というか、おおらかというか、人を疑うことを知らないのがノドカのいいところ。
と、世帯主はある仮説を思いついた。目には目を、歯には歯を……。やられたら同じ方法でやり返すっていう有名なハンムラビ法典だけど、これがノドカにも当てはまるんじゃないかと考えたわけ。窮地での反撃行動は、一番の弱点に通じるって仮説なの。
つまり、危機一髪(と本人が考えた時)にスカンクのようなおならをするノドカは、敏感な嗅覚が弱点だからこそ、その手段で対抗しようとするんだと世帯主はにらんでるのだった。
「なるほど」。世帯主はひとり満足げに頷いていたけど、今回ばかりはシッターさんの方が一枚上手だった。最近、シッターさんが寝ぐせ直しのヘアスプレーを買ったんだけど、全く減る様子がない。不審に思った世帯主が聞くと、「僕が使うんじゃないからね」。
なんと、ノドカが爪研ぎをする柱にスプレーするのが本当の目的だった。「ね、最近ノンノン爪研ぎしないと思わない?」。風呂上がりには「フッフッフ」とつぶやきながら、ゴミ箱に入浴剤の入っていた空の袋を放り込んでにんまり。
確かに効果は抜群なんだけど、毎晩みんなが寝静まった薄暗い部屋で柱にスプレーかけて喜ぶ同居人がいるなんて……。世帯主も私も、外ではちょっと言えないかも。
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以上は某ブログで2002月6月13日にリリースしたコラムのアーカイブです。のどかは未だに「におい」が苦手。三つ子の魂やっぱり百までってところでしょうか。
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<今日の筆者>いとう・しずか
スコティッシュ・フォールド種。1999年大阪豊中市生まれ。しし座。得意技はラッコ寝と、後ろ足投げだしほふく前進。近所の動物病院では「スコティーのシズカちゃん」として人気。2歳年下の妹「のどか」と、「ひろのしん」という黒い雑種の雄ネコと同棲。飼い主は麻布小寅堂店主。
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