「しーちゃん、偉かったね」。玄関でバスケットから出てきた私シズカの頭をなでながら、世帯主がほめてくれた。次に私の手を取り、「あ、それほど怖くなかったのかな?」。やっぱりばれちゃった?
とうとう、私とヒロノシンは交代で動物病院に行ってきた。目的は懸案だったワクチン注射。道中、何度か「ぃゃ〜んっ!」って叫んだけれど、実は割と気楽だったの。
連休初日で待合室は混雑してた。たくさんの仲間に囲まれて気が紛れたし、小一時間も世帯主の膝の上にいたのがよかったみたい。診察室でも割と簡単にバスケットから出ちゃって、気づいた時には終わってたってわけ。
私と交代で出かけたヒロノシンは、そううまくはいかなかった。混雑を避けて午後一番に出かけたのが仇になったのか、張りつめた雰囲気のまま、足の裏の肉球をビッショリ濡らして帰ってきた。
そうなの、私たち猫は緊張したり、怖かったりすると、肉球に「ビビリ汗」をかいちゃうの。猫も手に汗にぎるのよね。
肉球くらいからしか汗をかかないし、かけないといった方が正しいかもね。だから猛暑でも体がべたつかないし、きれいでしょ。なのに夏もよくグルーミングするのはなぜかって? それはね、体温を下げるのに気化熱を利用するためなんです。
まだ私が生まれる前、世帯主がヒロノシンと2人で新幹線に乗った時のこと。近くにお母さんと一緒に座っていた幼い男の子、元気なのはいいんだけれど、叫ぶ、ドンドン床を蹴る、周りの座席や肘かけをたたいて回る……。迷惑なくらい騒がしかったんだそう。
ヒロノシンはいつも通り行儀よくしてたけれど、とっても怖かったらしいの。何度も姿勢を変えて世帯主にしがみつくようにして抱かれていた。その時もヒロノシンの手はぐっしょり濡れてて、可哀想だったんだって。
それでも我慢し通したヒロノシン、帰宅するとほっとしたのか、専用猫ベッドに入ると、死んだように眠り込んじゃった。
着替えようとトレーナーを脱いだ世帯主は驚いた。トレーナーの前身いっぱいに、プリントしたみたいに肉球の跡がついていたの。それだけビビリ汗をかいてたのよね。
乾かしても跡はくっきりと残ってた。爪とぎのしぐさは匂いづけの意味もあるらしいから、肉球から出る汗には、独特な成分が混じってて、それで跡がついたのかもね。
ちなみに、運動した時も、肉球はしっとりするの。やんちゃ盛りの子猫がしっとり肉球になってたら、それはめいっぱい遊んだから。ビビリ汗じゃないから安心してね。
ほんわか耳に、しっとり肉球……。もっと私たちとボディランゲージしましょ? すっごく面白いですよー。
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以上は2001年5月にウェブリリースされた私しずかのコラムです。
ヒロノシンと世帯主が2人匹(「ふたりっぴき」と読みます)だけで暮らしていた時には、大阪へ帰省するときには新幹線で同伴してたのよね。でも、それも3回だけ。1年もしないうちに私が加わり、さらにノドカも加わったから、以来、ヒロノシンももっぱら留守番役。新幹線に乗ることはなくなりました。
本当は私たち動物はキャリーケースの中に入っていなければならないんだけど、ヒロノシンはとっても行儀がよくて、いつも全く鳴かずに世帯主のひざの上で大人しく座っていたので、「動物が嫌いな人もいるので、混んできた時にはかごに入れて下さいね」とは言われたけど、車掌さんも大目に見てくれてたの。
ヒロノシンは世帯主と一緒に大きな公園に散歩にも行っていたことがあるらしくて、オスだということも手伝っているのか、外の世界に興味津々。世帯主の帰宅時に、空いたドアから脱走?して、マンションの内廊下をぐるりと歩き回るのがお気に入り。ま、世帯主も心得ていて、脱走できないようにかばんを微妙な位置に持ってドアを開けるから、成功する確立は低いんだけれど、このヒロノシンvs世帯主の戦いは、2人匹が一緒に住みだして以来9年目に突入しているわけなのでした。
それにしても、春にやってくる年に1回の予防接種。考えると私たちも世帯主も頭が痛いのでした。
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<今日の筆者>いとう・しずか
スコティッシュ・フォールド種。1999年大阪豊中市生まれ。しし座。得意技はラッコ寝と、後ろ足投げだしほふく前進。近所の動物病院では「スコティーのシズカちゃん」として人気。2歳年下の妹ノドカと、ヒロノシンという黒い雑種の雄ネコと同棲。飼い主は麻布小寅堂店主。
いとう・ひろのしん
雑種。1998年夏、大阪箕面市生まれ。かに座(推定)。きれい好きで、お人(猫)好し。忍耐強さと面倒見の良さには定評あり。得意技は洗濯機もぐり。しずか&のどかという血縁関係のないスコティッシュ・フォールド種の姉妹猫と同棲。飼い主は麻布小寅堂店主。
★このコラムは某ウェブサイトで2000年1月〜01年9月まで続いた連載コラム「21C(世紀)の猫」のアーカイブです。現在の家族模様を織り込みながら、キャッ!といってしまいそうな楽しい話題をお届けします。
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